大判例

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最高裁判所第二小法廷 昭和32年(オ)371号 判決 1960年7月15日

上告人 平沼政市

被上告人 国

訴訟代理人 青木義人 外一名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人原田武彦の上告理由第一点について。

配炭公団は民法一七三条にいう商人に該らないから、本件売却代金債権は右同条の二年の消滅時効にかからないとした原審の判断は正当であり、また原審(その引用する第一審判決)の判示は、上告人は約定により所論損害金の支払義務があるというのであつて、配炭公団が所論規定により当然所論損害金を請求し得るとしているわけではない。違憲をいう所論は、結局、原審の正当な法律解釈を争うものであるか、または原判旨に添わない議論であつて、採用するを得ない。

よつて、民訴三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判官 小谷勝重 藤田八郎 河村大助 奥野健一)

上告代理人原田武彦の上告理由

第一、憲法十四条違反の主張。

憲法十四条は国民が個人として法の下に平等であつて政治的、経済的又は社会的関係において差別されざることを保障するものである。

原判決は第一審の判決を是認して控訴を棄却した。然しながら左の理由により原判決は憲法十四条に違反するものと考える。

(一) 被上告人は本件売掛金を訴名に売掛代金請求事件として訴外配炭公団のコークス売却代金債権の請求即ち「売掛代金請求事件」としてコークス代金の請求を為すものである果してしからば右訴外配炭公団の売却行為は商行為たるものであり仮りに同公団の性格が公共性を持つていたとしても其の構成機構について又其の行動が国家的なものであつたとしても物品の個々の売却行為は飽く迄も商人としての商行為であり其の個々の商行為については民法又は商法の適用により規律せらるるべきが当然でありこれに対して国家機関であるとの一事のみを以て上告人の主張する商事又は民事の時効の主張に対し会計法第三十条の五年間の時効を一方的に適用することは憲法第十四条違反の疑念を持たざるを得ない而して会計法第三十条の規定は「時効に関し他の法律の規定がないとき」に適用されるとあり商行為たる商品の販売代金債権の時効につき特別の規定を設けたものでなく一般の金銭の給付を目的とする国の権利につき特に十年でなく短期の五年の時効期間を定めたものであり国の債権なるがために時効期間を五年と伸長したものではない。

だから本件商事債権の二年の時効により消滅した本件売掛代金債権の時効を五年と伸長したと解釈することはできない即ち本件売掛代金債権は二年の時効で消滅したものである。

勿論会計法第三十条は国の売掛代金債権の回収を五年も放置することを特別に認めたものではなく国民の公僕としてより急速なる処置を要求する公的性格から短縮したものである。

果してしからば本件売掛金の消滅時効の適用に法律の解釈を過り更には憲法第十四条の保障する平等の権利を憲法に反して害したと評すべきである。

蛇足すれば公共機関の行政行為といえども個々の私契約において商法の適用あるべきは当然であつて本件売買行為はこの適用を受くべきものである。

(二) 本件売掛代金債権について約定の損害金として日歩五銭の損害金の支払を原判決は是認した。

しかしながら上告人はかゝる約定をしたことがなく訴外配炭公団が一方的にかゝる日歩の徴収を是認する規定を持つていたとしてもその規定は不平等なる権利内容を規定するものであり憲法違反である。

商事債権の損害金は年六分である而して配炭公団の売買代金にこれの四倍の損害金日歩五銭を認むべき公的必要性は毫もない。

公共機関としての性格論のみに終始してこの商事債権に対して過大な日歩五銭を科する必要はなく四、五年の経過で倍額以上となる損害金の請求を何故に是認しなければならないか理解できない。

右の通り上告の趣旨を陳述する。

以上

答弁書

答弁の趣旨

本件上告を棄却する

訴訟費用は上告人の負担とする

との裁判を求める。

答弁の理由

上告人は憲法違反を云々されるが、その実問題とされるところは本件売掛代金債務につき民法第一七三条を適用すべきか否か、云い換えれば本件配炭公団が商人なりや否やの問題に帰着するのでこの点について被上告人の見解を述べることとする。

本件配炭公団は終戦後における綜合的な経済統制の一翼を担う国家行政組織の一部門(旧国家組織法第二十三条)として設立されたものであり、「経済安定本部総務長官の定める割当計画及び配給手続に従い、石炭及びコークス並びに……亜炭の適正な配給に関する業務を行うことを目的」(旧配炭公団法第一条)とし、この目的にしたがい「物価庁の定める価格による石炭、コークス及び指定亜炭の一手買取及び一手売渡」等の業務を行うこととされていた(同法第十五条)。このように配炭公団は「石炭等の一手買取及び一手売渡」という行為を行うため取引界に登場したのであるが、しかしそれは決して一般経済主体と同様の地位に立ち、同様の目的、すなわち営利活動をする趣旨で設けられたのではなく、一般経済主体間における経済秩序の調整という当時における最も重要かつ緊急な経済政策を実施するために、すなわち優れて行政的な性格をもつ国家の活動を行う目的をもつて設置運営されてきたのである。換言すれば公団は営利活動を目的とする一般経済主体の一員たる地位にあるのではなく、逆にその外にあつてかかる経済主体を対象としその経済活動を規整することを直接の目的とし、この目的の下に個々の活動がなされていたのである。そしてその活動の方法、態容は一般私法行為の形態をとつて行われるのであるが、それは単に当時の経済事情、経済構造に即応した経済統制を実施するための合目的々・技術的な手段としてそうあつたものであるにすぎない。したがつて公団の行う買取及び売渡が一般私法法規の適用を受ける行為ではあるものの。その故に直ちにこれを以て営利行為としての商行為と断ずることは論理上一般私法行為を同一視する誤りを犯すと共に、実質的には公団の性格及びその活動の本質を見誤つているものと云わざるを得ない。

更に、公団の一手買取及び一手売渡においてその取得価格と売渡価格の間に一定の開きが生ずるように定められていたのではあるが、この差額はもともとこれを以て公団の直接間接の経費を賄うことのみのために算定されているに止り、それ以外に公団の利益が見込まれていたわけのものではない。それはいわば公団の行う買取売渡の手数料ともいうべき性質のもので、これを以つて一般営利事業の利鞘に相当するものとみられるべきものではない。したがつてかような価格の開きがあるからと云つてその故に商法第五〇一条第一号の商行為と断定することは、公団及びその活動の本質を見失つたためか、或は商法の解釈を誤つた結果といわなければならない。このように公団の一手買取及び一手売渡の行為はその性質上商行為とみらるべき基礎を欠くものであつて、したがつてまた、公団が商人となるいわれはないのである。

以上のとおり配炭公団は商人ではないのであるから民法第一七三条所定の短期消滅時効を適用すべきでないことは当然で、この点原審の判断は結局正当であると言うべきである。(なお、原審判決は公団の売却代金債権につき会計法第三十条の適用がある旨判示しているが、公団の売却行為自体は一般私法上の行為たる性質をもつものと解すべきであるから本件においては同条を適用すべきではなく、一般私法行為の時効期間に関する規定、すなわち相手方が商人である場合には商法第五二二条、然らざる場合には民法第一六七条第一項を適用すべきである。しかしこの点はいずれに解するにしても、本件についての判断の結論には影響を及ぼすものではない。)

従来この点に触れた下級審裁判例は相当数に上つているがこのうち公団(配炭公団以外の公団も含む)の商人性を否定したものは、

(1)  東京高裁昭和二七年(ネ)第一〇七九号事件(昭和二九年一二月一五日言渡)

(2)  大阪地裁昭和二九年(ワ)第五七三一号事件(昭和三〇年一一月一五日言渡)

(3)  千葉地裁一宮支部昭和二九年(ワ)第三四号事件(昭和三一年五月一一日言渡)

(4)  名古屋高裁昭和三〇年(ネ)第四五五号事件(昭和三一年一二月六日言渡)

(5)  福岡地裁小倉支部昭和三〇年(ワ)第二三四号事件(昭和三二年七月一一日言渡)

(6)  福岡高裁昭和三二年(ネ)第六一九号事件(昭和三三年一一月六日言渡)

(7)  横浜地裁昭和三二年(ワ)第三二九号事件(昭和三三年一〇月三一日言渡)

(8)  大阪地裁昭和三二年(ワ)第五三二〇号事件(昭和三四年一月二一日言渡)

(9)  東京地裁昭和三一年(ワ)第二二八〇号事件(昭和三四年七月一五日言渡)

(10) 東京地裁昭和三一年(ワ)第六八〇七号事件(昭和三五年一月二三日言渡)

等であり、これらの判決はいずれも公団の性格に着目してその商人性を否定したものである。これに対し公団の商人性を認めたものは左の二つの裁判例が見当るにすぎない。

(1)  大阪地裁昭和二六年(ワ)第三一九号事件(昭和三一年五月三〇日言渡)

(2)  東京地裁昭和三二年(ワ)第八七四二号事件(昭和三五年四月一九日言渡)

これらの判決は公団が収支の均衝を得て石炭等の買取及び売渡しを行う以上その行為は商法第五〇一条一号に該当するとするのであるが、この見解が公団及びその行為の本質を看過したものであることは前述したとおりである。

(昭和三十五年五月二十七日付)

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